2008年6月4日水曜日

生きてる

知人のお父さんが亡くなった。
先日かつての同級生のお母さんがなくなったというのを聞いたばかり。
自分もそういう歳になってきたのかと実感するとともに、
やっぱり、人が死ぬ、っていうことは嫌なものだな、と。

その辛さはきっと本人にしかわからないから
なんと言ってあげたら良いのか、
私がその立場だったら何か言ってもらうことを望むだろうか。
強くならざるを得ない状況で。

何度か葬儀に立ち会ったことがあるが、
火葬場もシステマティックになってしまって、
遺体に火をつける最後のボタンは一番故人に近しい人が押す。
これが、なんとも酷で、
どんなに親しくない人の葬儀でもそんな瞬間を目の当たりにすると
心中察してぎゅーっと苦しくなる。

私は第1子でもないし、
兄弟には子供がいることを考えると、
何か起こらない限り私がそのボタンを押すことは今後ないだろう。
私がそのボタンを押す日が来ないといい。

結婚願望が今のところ皆無に近い私、
私が死ぬとき、ボタンを押すのは誰だろう。
親にだけは私の時のボタンは押させちゃだめだな、と思う。

それとも私が死ぬとき今よりもっと別の埋葬方法になってるか・・・。

日本の法律では無理だけど、
どっか隅っこのほうに墓石なしでもいいから静かに埋めてほしいかな。

人は死んだらそれで終わり、
土に還っていくって思ってるので、
生まれ変わるとか言うのを信じられないのです。

私の体が栄養になってぐるぐると回っていけばいいと、
そういうのが普通だと思ってて。

悲しみを共有する仲間がいれば少し救われるかな。
ゆっくり悲しめない状況、
社会の喧騒に捲し立てられるみたいなのは、
本当に辛いね。そんな世の中は・・・。

ちょっと考えてしまったので、あえて書いてみた。
最近不幸があった方が読まれてたら、不謹慎な内容でごめんなさい。

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